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  • ココログベーシックからココログフリーに引っ越しました。やっつけ仕事で移動したので、リンク切れはご容赦のほど・・・ なお、コメントまで引越しをすることはできませんでした。スミマセン。(2010/1/24)

Tachi-k別館

2010年12月13日 (月)

Tachi-kのわたくしごと(やっと引越し完了です)

今年の2月1日に、ココログベーシックから、このココログフリーにやっつけ仕事で引越しをしていましたが
やっと、画像を入れなおしたり、リンク先を確認しなおして、ブログの引越しを完了しました。

長い間、ずっと放置の状態だったのですが、機会があって、ふと見直したら、我ながら結構おもしろい記事もあるかも・・・ (自己愛)

というのは、言い過ぎかもしれないけど、なんだか、数年前に結構時間をかけながら記事を書いていた頃が懐かしくなって、もう一回整理し直そうって、そんな気分になりました。

これから、どれぐらいのペースで新しい記事をUPするかはわかりませんが
本日、Tachi-kのわたくしごと やっと引越し完了です!!

(ただし、以前、コメントをいれてくださっていた皆さんには、コメントを引越しする手段がまったくわからなかったので、大変、申し訳なく思っています・・・)

つぎは、同じく放置状態でリンク切れ連発の

Tachi-k別館も手直ししようかな・・・

2010年2月 1日 (月)

Tachi-kのわたくしごと(ココログフリーへ引っ越しました)

ずっと、ほったらかしであったこのブログであります。

やっとこさではありますが、このたび、ADSLから光ファイバーに変更することになりまして・・・ (田舎在住)

というのも、約70歳の両親用に新しいパソコンを購入することになったのですが、「光ファイバー申し込み&OCNの契約」というのを同時にしますと
かなーり、パソコンを安く手に入れることができたからなのでした。

となると、「OCNと契約する関係上、@niftyは解約だな」なんて考えながら、手続きを進めながら、端と気がつきました。

このほったらかしの「Tachi‐kのわたくしごと」ですが
実は、@nifty会員専用の「ココログベーシック」であったわけですね。

ということは・・・
@nifty会員でなくなってしまうと、自動的に「閉鎖」ということになるわけです。

それで、どうしよっかなーって、ちょっと悩みました。

アクセス解析を見ても一日に数人しか訪問客がないし、何しろ数年間ほったらかしだったわけなんでね。

ただなー、一つ一つの記事は、結構時間かけて書いてたしな、すべての記事がこの世からなくなっちゃうのもちょっと寂しいかな・・・

ということで、ココログベーシックからのブログの引越しを開始したわけなんですね。

この際だから、「ココログから別のところにしよっかなー」って思って、別のところで作り始めてみたものの(こっからが迷走の始まり)

簡単に引越しが出来る方法があるって聞いてたなーって思い出して、ネット上で、検索かけて眺めてみたものの、かなりチンプンカンプン。

じゃ、思い切って、根性決めて一つ一つ手作業で引っ越すゾって決意して開始したものの

画像の表示方法がココログってちょっと特徴的なわけで

(記事上では小さくなってるけど、クリックすると、ドーンって拡大表示されるやつね)

それが、どーも、別なところのブログじゃーうまくいかず・・・

あー、めんどー、ココログのままでいいや
こうなったら、ココログベーシックからココログフリーだと
ココログからココログへの引越しを決意し、作業を開始したももの・・・

さらっと、コースの変更を済ませることができるのかと思ったら、
「ココログベーシックからフリーへのコースの変更はできません」ときた。

ああ・・・
やっぱり、一つ一つ、手作業なのね・・・

物を知らんので、時間をかけて手間かけて、引越しを終了したのが1月24日のことでありました。

1月いっぱいで@niftyを退会する手続きにしてましたから、本日2月1日(月)で以前のURLは、閉鎖となりました。

「誰かの 何かの 役に立つわけでもない、完全なわたくしごと」のままではありますが
これにてブログの引越し、完了という次第であります。

と思ったら、どっこい、まだまだダメみたい。

以前のブログが閉鎖されたとの同時に、こちらに移動した画像が表示されなくなってた。

うーん、作業しながら不安は感じてたんだよねー

仕組み的には良くわからないけど、コピー&ペーストで、こんなに簡単に画像がそのままの設定で移動できるもんなのかなーって

まだまだ、引越し完了とはいかないよーッス。

続く・・・

2007年9月27日 (木)

長崎旅行のネタの最後に・・・

出発から帰宅まで、1泊2日の長崎への旅行については、全部書いてしまったので
昨日で、お終いにしようと思ったんだけど、長崎で感じたことを最後に・・・

いくつかの長崎での出会いの中で、俺が感じたことは、
「長崎」って街に、誇りを持ってる人が、多いのかなってこと。

出島に行ってみた時のことを、以前、書いたんだけど

入り口(出口)付近で、一緒に旅行した人たちと待ち合わせをしたんですが
ほんの少し早めに到着して、数人の仲間と、あーでもない、こーでもないって談笑していると

一人の、おじいさんが近づいてきて、いっぱい解説をしてくれたんだよね・・・

そのおじいさんは、ボランティアで「出島のガイド」をしてる方なんだそうだけど

でもね、実は、その日は、当番じゃなかったんだって・・・


でも、当番じゃなくても、こうして出島にやってきて、観光客に、親切にガイドしてくるんだなー

それで、話をしているうちに、すごく奇遇だなって思ったのは
長崎と俺が住んでいる県って、うーーんと遠いんだよ。
でもね、ホントに奇遇なことに、そのおじいさんの息子さんって、そんなに離れた俺の住む県で、学生生活を送っていたんだって。

長崎との距離の遠さを考えれば、これも何かの縁なのかなって、そんなことを思ったなー

それから、グラバー園から長崎新地中華街へ、徒歩で移動中のことなんだけど・・・

2007091912070003_2 移動途中に、「オランダ坂」への登り口を通りかかったんです。

特別、思案してたわけじゃないんだけど、またまた数名の仲間と、「ふーん、この先がオランダ坂なんだね・・・」なんて、談笑してたら

一人のおばさんが近づいてきて、オランダ坂にいってみるよう熱心に勧めるんです。

目的地は中華街で、俺達数名は集団からちょっと遅れていたからね、先を急ぎたいって気持ち、ホントはあったんですよ・・・

それでも、そのおばさん、行ってみるよう熱心に何度も勧めるんだなー

それで、俺、聞いてみたんです。「どれぐらい時間がかかるの?」って

そしたら
「なーに、すぐそこだから。おばちゃんに、だまされたと思って、いってきんしゃい!」って言われてね・・・ (この長崎弁には自信がないけど)

実際に、行ってみることにしました。

先を急ぎたいって気持ちもあったから、俺、坂道を一人ダッシュで駆け上がったんだけど、その「おばちゃん」の熱心なお勧めのおかげで、

200709191209000 こんな、きれいな風景を見ることができたよ。

活水女子大学へのキャンパスへの入り口となっているんだけど、おばちゃんのいうように、ホントに、すぐそこだった。

あの時、「おばちゃんに、だまされたと思って、いってきんしゃい!」って、言われなければ、一生、見ることもない風景だったろうなって、今になって思うんだよ。

そのおばさんは、ホントに偶然通りかかった地元の人って感じで、どうみてもガイドさんじゃないはずなんだなー

きっと、多くの人に見て欲しい自慢の風景だって、ずっと思っているんだろうな・・・

自分の地元に、自信と誇りを持っているんだろうなって、そんなことを感じたよ。

でもね・・・

この2つの出来事の場面には、ホントに数名の人間がいたんです。

でも、声をかけられるのは、決まって「俺」なんだな、これが。

俺、旅先で知らない人とおしゃべりをするのは好きなんだけど、何で話しかけられるのが、決まって俺なのかなーって思ったら、苦笑いをしちゃったな。

他の仲間なんて、俺を置いてきぼりで、さらーって、先にいっちゃうんだけどさ

俺一人、心の中で、「おいおい、少しぐらい待てよ」って思いながらも、結局、話し込んじゃうことになるわけ。

何がそうさせるのか、俺自身よくわからないけどね、こりゃー、街を歩いてて、セールスに会うわけだ・・・ って、ハハハ、ホントに苦笑いでした。

(俺から、どんな、オーラが出てるんだ?)

そうそう、先輩のネーサンの一人は、「めがね橋」に行ったとき、またしてもボランティアのガイドさん(らしき、おじいさん)から、いきなり、めがね橋のベストショットの写真、プレゼントされてたっけ・・・

ちょっと遠目だったから、手渡れてたのが写真かどうかもよくわからなかったし
ほとんど会話らしい会話もなく、突然、押し付けるようにしてたから
ちょっと、「変わった人なのかな」って、ネーサンちょっとからまれてるのかなって、そう思ったんだけど
実は、スゲー、親切な人でした。

これだけの出会いで判断できるのかどうか、それは、わからないことなんだけど

自分自身が、長崎って街を愛してるから、観光客にもその良さを、いっぱい伝えていきたいって、
長崎って、そういうふうに思っている人が多い街なのかなって、俺は、そんなイメージを持つようになりました。

これって、素晴らしいことだよね・・・

2007年9月26日 (水)

どーでもいーでしょうけど、グラーバー園と長崎中華街の巻

わたくしごとですが

どーでもいーでしょーけど、わたくし、9月18日(火)19日(水)と長崎に行きました。

っていうことで、一週間も前の、たった1泊2日の旅行のことを

えー、いくつだろう・・・

もう5つも記事にしてUPしちゃったけど、もう、これで旅程に沿ってまとめるのは、お終いの予定であります。

(懲りずにUPを続けてきましたけど、もう、そろそろお終いにいたしますので、ご容赦を)

長崎到着 → 原爆資料館へ → 卓袱料理を食べて、夜景を見て・・・

そして、出島と大浦天主堂に行ったわけですが・・・

大浦天主堂から、歩いて、グラーバー園に移動です。
(実は、すぐ、そばなんだよね)

グラーバー園っていうのは、俺、世の中あんまり知らない人間なので

旅行前に、ガイドブックを見て、初めて知ったんだけど

ウィキペディアに書いてある簡単な概略だとこんな感じ・・・
グラバー園( - えん)とは、長崎県長崎市南山手町の斜面上にあり、旧グラバー邸などの西洋館がある公園。長崎市民は無料で入場できる。

公式ページよると、こんな場所です・・・

(ずーっと旅程に沿ってまとめてきたから、ここまで来たら、最後まで行かなきゃって義務感を感じて書いてはいるけど、ちょっと、めんどーになってるかもね、正直。手抜きです・・・)

まー、この施設の概略や庭園内の詳しい説明については、リンク先におまかせするといたしまして、一言で感想を言うならば、なんか、さわやかで、きれいな場所だね、ここ。

200709191032000 長崎市内の観光地で、1、2を争う人気のある場所になるってのも、わかっちゃうなーって、思ったなー

洋館が立ち並び、庭園が整備され、丘の上というか、坂の上にあるから、見晴らしも非常によくて、単なる俺の携帯のカメラでも、ほら、この通りです。(けっこう、いい感じでしょ)

天気に恵まれてるってのもあり、青空の下での散策だから、暑いことは暑いけど、非常に気分がいいもんです。

ところで、オペラに『蝶々夫人』ってのがあるでしょ。

(「町長婦人」だと、非常にローカルなストーリーが展開しそうですけど)

(「お蝶夫人」なら、金髪縦ロールの本名「竜崎麗香」です)

「あるでしょ」って言っても、見たこともなくて、まー、そういうのあるなーって、知ってる程度だから、ストーリーもなーんも知らないんですけど、このオペラ、長崎が舞台でして

2007091910410012_2 簡単に言えば、設定上、その当時の、この辺の外人さんと日本人女性との、愛とか恋とか、裏切りとか悲しみとか、そんな話のようです・・・ (だいたいあってる?)

なので、庭園内には、作曲者である、「プッチーニ」さんがいらっしゃったり

(青空の中、真っ白な姿で、まぶしそうに空を見上げるプッチーニ氏)

200709191041000 『蝶々夫人(マダム・バタフライ)』を2000回以上も上演したっていう「三浦環」さんが、いらっしゃったりいたします。

とにかく、天気がいいから、この庭園散策は、スゲー気分がよかったなー

グラバー園を出て、中華街に向けて坂を下り始めますと、もうそっからは、阿吽の呼吸でお買い物タイム開始になりました。

この坂、いかにも「お土産屋さん」って感じのお店が、数多く立ち並んでいておりまして、これだけ見ても、グラバー園が老若男女に人気の観光地だってのがわかっちゃいますね。

小物やグッズを売ってる店あり、ちょっと落ち着いた感じのお店もあり・・・

(ナイフや木刀を売ってる店もあるってのが、いかにもでしょ)

長崎に滞在することができるのも、ホントにわずかになってきたから、お土産に群がるネーサン方を促して、最後の目的地である中華街へ徒歩で移動を開始することに。

中華街ってのは、日本には横浜と神戸と、そして長崎の3箇所にあるらしいのですが、長崎の中華街は一番面積的には小さいらしい。

200709191220000 俺、横浜の中華街にしか行ったことないんですが、確かに、横浜と比較するとこじんまりとした印象ではありますね・・・

旅行したメンバー10人の集団で移動してるんですが、この中華街での目的は全員一致で、まずは昼食をとること。

ということなんですが、中華街に来てはみたものの、いつものように、だれーも下調べもなーんもしてないから、あても何にもなし・・・

200709191314000 そうなると・・・ やっぱり、そういうのを非常に得意にしているネーサンが下調べしてた「江山楼」の本店に、ぞろぞろと全員で行くことに決定であります。

ここって映画「解夏」ロケに使われた場所のようです。

(といいながら、俺、その映画を見たわけじゃないんだけど、店内に貼ってあったからねー、そのこと・・・)

「ちゃんぽん」は、前の晩に食べたから、今度は、「皿うどん」を注文。

タクシーの運転手さんが、「細麺の方が好き」だって言ってたので、油で揚げたバリバリの食感を求めて、あえて、細麺を注文したけど・・・

俺には、隣の人が食べてた太麺の方が、おいしそうに見えたかも・・・

えー、例えるならば、細い「ぺビースターラーメン」、細い「チキンラーメン」の上に、餡かけが乗ってるような印象だったかなー、俺には。

普通の麺のようにツルツルとは食べられないし、油っぽさも多少感じたためか、何となく食べてるうちにあきちゃってね。時間がかかるから、満腹感も出てくるし。

ちょっと失敗しちゃったかなって思ったけど、話のネタになるから、何でも、まー、OKと言えばOKなんだけど。

バリバリ、ボリボリと、時間をかけて「皿うどん」食べてたら、だんだん、特急「かもめ」の時間が迫ってきた。

200709191323000 ちょっと、急がなきゃってことで、タクシーで長崎駅に戻ることになったんだけど、せっかくだから(?)という、ネーサンの提案によりまして、途中で、「めがね橋」を経由して、写真をパチリ・・・

もう、これで完全にタイムアップなもんですから、タクシーで長崎駅に直行して、14:38、長崎駅から「かもめ」に乗車です。

これで、長崎ともお別れ・・・

後は、来たときとすっかり逆に、博多駅 → 福岡空港 → 仙台空港 って流れで、あっという間に帰ってきちゃった。

でも、旅行に行くと不思議だなーって思うんだけど、往路も復路も、同じだけの時間がかかっているのにねー  なぜか、決まって帰り道の方が、短く感じるんだなー

時間だけ言えば、けっして、あっという間じゃないんだけど、感覚的には、どうしても、そう感じてしまうもんなんですよね・・・

ただね、仙台空港に到着したのがもう、夜の7時だったんだけど、それから、俺の住んでいる県に向けての車の移動の道のりが、さみしいこと、さみしいこと・・・

気分的に「祭りの後」って感じがあるのもそうなんだけど、とにかく、周囲が暗いんだなー

灯りがないの、灯りが・・・

青空の下でね、ほんのちょっと前まで、人ごみのにぎやかな所にいたのになー

数時間後は、これだもの・・・  さみしいもんですよ。

結局、夜の10時近くに、自宅に到着したのでありました。

これで、この長崎の旅行の話は、ぜーんぶ、お終い。

「もしも」の話ではありますが、全部、読んでくれた方があったなら、感謝です。

何とか、最後までまとめれたよ・・・

もう、勝手に自分に課した義務も果たしたし、落ち着いた気分で、ぐっすり眠れそうです・・・

ははは・・・

2007年9月25日 (火)

どーでもいーでしょーけど、出島と大浦天主堂に行った話

わたくしごとですが

どーでもいーでしょーけど、わたくし、9月18日(火)19日(水)と長崎に行きました。

長崎到着 → 原爆資料館へ → 卓袱料理を食べて、夜景を見て・・・

そんでもって、19日(火)、2日目の朝を迎えました・・・

昨年と違って、今回は、単独行動はまったくなしで、ずっと、皆様とご一緒させていただくことといたしました。

何しろ、時間があまりないもので、こういうの計画を立てるの上手なネーサン方に付いて歩く方が、お徳かなーって、そう思ったもんでね。

(そのそも、この旅行全体の旅程を職場に忘れてきてて、電車の時間も、なーんも頭に入ってないってのも大きな理由として、ありますけれど・・・)

8時にロビーに待ち合わせをして、10名の北国からの観光客、ゾロゾロと集団で移動開始です。

200709190818000_2 まずは、『出島』に向かって徒歩で移動します・・・

『出島』って言えば、歴史の時間に良く習う、あそこでございます。
現在は、少し面積を縮小する形で、復元されておるのです。

実は、ここがおもしろい場所なんですヨ、実は・・・

何って、特別、歴史の興味がなくても、「へーー」って、思うものいっぱいあったりするんです。

200709190830001 例えばですが・・・ こちらは、その当時のカピタン(一番偉い人だと思われたし)の部屋なんですが、おしゃれでしょ。

畳の部屋なんですが、今、こんな感じのアンティークな家具を置いたら、相当、「おしゃれ」な部屋だよねー

江戸時代の建物なんだけど、土壁・塗り壁なんかじゃー、ありません。

200709190832000 ちゃんと、こんな壁紙が貼ってあるんです。

やっぱり、何か、おしゃれでしょー
江戸時代っていったらねー
絶対、俺の、ご先祖様なんて、お百姓さん、してたはずだもんね。

そんでもって、こちらがベットでありまして、このベットが、えらく小さいわけ。何か、おかしいでしょ、オランダ人って、でっかい人たちなのにねー

200709190830000_2 実は、当時のオランダ人て、なんていうかなー、リクライニングシートを倒したような状態で、体を完全に横にするんじゃなくて、ある程度、立てような(座ったような)状態で、寝てたんだそうです。「へー」って、思いません?

さらに、よーっく見ると、このベットのそばには、なにやら、皿のようなものがありまして、一体全体、これは何かといいますと・・・

ずばり、「おまる」です。
200709190831000 こんな、アンティークな、おしゃれな部屋で、「おまる」で用を足してたわけねー、当時は・・・ 「へー、へー」

いろんな棟が復元されておりまして、その棟の中の展示を見ると、江戸時代だっーのに、オラウータンが出島にいた話や、ビリヤードを楽しんでいた話、海外種の植物がここから日本全国に広まっていった話があったりしましてですね(クローバーや、シロツメクサなんてーのも、そうらしい・・・)、あまり、時間がとれなかったのですが、「へー、へー、へー」って、感じで、まったく、飽きないんだなー 

面白いかも、ここ・・・

でもね・・・

俺は、当時、ここで生活してたオランダ人、かわいそうだなーって、そう思ったよ。

だって、3924坪(約1.3ha)の面積の、このスペースから一歩も出ることができなかったんだそうだからね。

監獄」だって、表現されていることもあったみたい・・・

確かに、そうかも・・・ 塀の外には、まったく出ることができないんだからね。

唯一、外出することができたのは、日本人に医学を教えていた、お医者さんぐらいだそうです。

それから、唯一、この中に入ることができたのは、役人以外ではというと・・・

ズバリ、「遊女」だけなんだって。

あー、なるほどねーって、思ったけどサ。それだけが、楽しみだったわけなのねー

男って奴は、今も昔も、日本人もオランダ人も、結局、そういう生き物なんだね。

(女性の方、ごめんなさいね)

200709190833000 最後に、これこそ、どーでもいー写真なんだけど、はでに、ガーンって、頭をぶつけてきたから、その憎っくき相手を、パチリ。

写真じゃ、はっきり見えないでしょうけど、「頭をぶつけないでね」って注意が書いてあるんですけどねー 何で、こんなに低いわけ・・・

個人的には、もっと、いろいろとのんびり見学したいなーって、そう思ったけど、何しろ、午前中しか、長崎にはいられないという、きわめて限られた観光時間しかないから、後ろ髪を引かれる思いで、次に移動開始します。

Siboruto11 でも、移動しながら、「うん?」って思ったけど、『出島』ってさ、人工の「島」で、周りは海だったわけね。当時は・・・

それがですね、今となってはどうなっているかというと、その近辺には、もう海が全然ないわけ。

道路と、ビルって感じになってしまって、もう島の気配も、なーんにもない。それが、ちっとやそっとの広さじゃなくて、もー、ずーっと、陸地になってるわけ・・・

えーって、思ったよ。これ全部、人間が埋め立てた陸地になるわけだ。

何というか、スゲーよねー  ガラっと、地形を変えちゃうんだもの。

当時の出島の場所に、少しだけ、面積を縮小して、復元してるわけだから、絵にあるような『出島』の周囲の海を、埋め立てたんだなー 人間が・・・

ちょっと、呆れちゃうなーって思ったし、そんな人間が海を埋め立てた場所に、ビルとか建物を建てて生活してるってのも、すごく不自然で、地震なんかが来て大丈夫なものかなーって、そんなことも考えちゃったけどね・・・

路面電車を乗り継ぎまして、大浦地区に移動開始です。

もう、この時間になると、前日と同様、ジリジリジリと、また凶暴な日差しが攻撃を始めるようになっています。とにかく、スゲー、暑いよー

200709190952000 大浦天主堂に到着。

あー、この角度のこの写真。長崎っていうと、よく見るなー

写真でよく見る風景を、実際に自分の目で見るってのは、やっぱり何となく不思議な感じがしてくるものです・・・

(天気がスゲーいいの、この青空で、よーっく、わかるでしょ)

現在も、ここは、信仰の場として利用されているそうでして、中に入ることはできますけど、写真の撮影は禁止されておりました。

中に入って、座席に座りますと(一般的な教会の中の作りを想像されたし)、テープかな、CDかな、説明が10分から15分程度流れてくるんですが・・・

ちょっと、おかしかったのは、すごい暑かったものだから、皆、扇風機の風が届く範囲に座って、説明を聞いてるってこと・・・ (俺も、そうなんだけどねー)

何人ぐらいが座れるんだろう・・・
それなりに広いスペースがあるんだけど、とにかく扇風機のそばに、人が、「ごちゃ」って固まっておりました。

暑いんだから、しゃーないか・・・

その後、大浦天主堂から歩いて、グラバー園に移動です。ってところで・・・

えー、もう眠くなってきちゃったから、今日は、この辺で終わりにしちゃおう・・・

これからの予定としては、グラバー園と長崎新地中華街に行った話で、終了しようって思ってますけど。

たった1泊2日の旅行の記録を、こんなに延々と、UPし続けるのも、どんなもんかなーって思うけど

ほとんどアクセスもされていないみたいだし、もー、こうなると、完全に自分自身の「旅の記録」ですねー (トホホホ)

「わたくしごと」ってのが、そもそも、このブログのコンセプトだから、

まー、いっか・・・  トホホホホ

2007年9月24日 (月)

どーでもいーでしょーけど、卓袱料理を食べました(プラス ちょっと)

わたくしごとですが

どーでもいいでしょーけど、わたくし、9月18日(火)19日(水)と長崎に行きました。

長崎到着 → 浦上地区に移動し、「長崎原爆資料館」へ ってところまでは、すでにUPが完了しましたが、さらにその続きってことで・・・

浦上地区から、再び、長崎駅に戻り、ホテルにチェックイン

ホテルから、タクシーで、予約していた長崎の伝統料理である「卓袱料理」の店に向けて出発です。

卓袱(しっぽく)料理ってのは、俺も、それまでまったく知らなかったんですが・・・

卓袱料理(しっぽくりょうり)とは
長崎市の郷土料理。大皿に盛られた料理を円卓を囲み味わうコース、宴会料理のこと。和食、洋食、中国料理の要素が互いに交じり合っていることから、
和華蘭料理(わからんりょうり)とも評される(蘭は出島は商館を構えたオランダを指す)。

んだ、そうですよ。さらに詳しい、この続きは、ウィキペディアにリンクしときます。

目的地は、「長崎卓袱 浜勝」って、ところ・・・

タクシー3台の乗り合わせで移動したのですが、俺が乗ったタクシーの運転手さんは、おじいちゃんだったんですが、場所が「わからん」らしい・・・

(あれっ・・・ 大丈夫か・・・)

他の2台のタクシーに場所を確認してきて、そのおじいちゃん運転手曰く

「入り口が2箇所あるから、どっちか、わからなくて・・・」だって

確かにそうだったのかも知れないな。

えー、お店のHPに紹介されている入り口とは違っていて

200709181907000 俺達が入った入り口は、こんな感じだったもんねー

確かに、入り口が違うよねー

わからなくても、しょうがないかも・・・

まー、とりあえず、場所が確認できたからって出発です。

俺、よっぽどおっかない人やぶっきらぼうな人じゃない限り、旅行のたびにタクシーの運転手さんとおしゃべりをするんだけど・・・

おしゃべりしてたら、そのおじいちゃん運転手、道をいきなり間違えた。

曲がらなきゃない通りを、突っ切っていってしまったらしい・・・

タクシー3台の先頭車両だったんだけど、そのおじいちゃん

「なんばしちょろうかって、(後ろの2台が)思ったじゃろうねー。アハハハ」って、長崎弁で笑ってた。(この長崎弁は不正確ですが)

(このおじいちゃん、ホントに大丈夫か・・・)

結局、無事に到着し、いよいよ、卓袱料理とのご対面です。

いろんなコースがあるらしいんだけど、予約してたのは、一番安い、3000円の「ぶらぶら卓袱コース(松)」

確かに、こうやってHP上で、各コースを比較してみると、品数も少ないしね、なるほど、こりゃー、一番安いだろうって思うんだけど

でも、これだけでも、十分、お腹いっぱいです。

他の高いコースみたいに、いっぱい料理が出てきたら、食べきれないんじゃないかなーって、思うんだけどなー

しかも・・・

一番、最初に、この旅行の費用について、まとめたんだけど

この宴会って、個人の持ち出し分がないのでありまして(親睦会で予算化されている金額から、全額支払うから、個人の支払い分はなし)

さらに言えば、ビールやウーロン茶などの飲み代は、今回の旅行を頼んだ旅行会社からのサービスでありまして

結局、個人負担がないわけなので、まー、一番安いコースでも文句は言えませんねー

ちなみに、味はというと・・・

うん、俺は、一度食べれば、それでいいかなって思ったけどね。

(あくまで、好みの問題でしょうけど、献立から予想される以上のインパクトはなかったかも・・・)

それなりの宴会の後、再びタクシーを呼んで、有名な長崎の夜景を見に、稲佐山展望台へと出発です。

200709190759000_2 稲佐山ってのは、標高333mでありまして、ズバリ、東京タワーと同じ高さであります。東京タワーのてっぺんから見た、夜景ってことになりますねー

(昼間、下から見た、稲佐山展望台)

函館の夜景が「100万ドル」に対して、長崎の夜景は「1000万ドル」らしい・・・

200709182112000 なんで、一桁も違うのかわからないけど、山がすぐ迫ってきている狭い長崎の街という特性上、ごく限られたエリアに、街の灯りが凝縮されている様子は、確かにきれいなもんでしたね・・・

(せっかくの夜景だけれど、携帯のカメラじゃ、こんなもん・・・)

ちなみに、このタクシーの運転手さん方、展望台まで連れてきてくれただけじゃなくて、ずっとガイドもしてくれるんですねー

丁寧に標準語で話してくれるんだけど、知らない話を教えてもらえるのに加えて、やっぱり九州弁のイントネーションがたくさん残っているから、話を聞いているだけで、すごく、楽しい気分がしてきます。

長崎の「1000万ドル」の夜景も満喫した後、さて、どうするかってことになって・・・

男性陣は、「長崎ちゃんぽん」を食べに、思案橋に向かうことになりました。

長崎といえば、「ちゃんぽん」「皿うどん」「トルコライス」ってのが定番なんでしょうが、何しろ1泊2日の旅行であり、明日の午後には、長崎を出発しなければならないわけで・・・

あまり、お腹もすいてなかったけど、今夜、「ちゃんぽん」か「皿うどん」のどちらかを食べとかないと、食べるチャンスがもうないだろうっていうのが、その理由です。

(トルコライスは、食べなくても、何となく味の予想が立つからねー)

稲佐山からタクシーで思案橋に向かう途中、長崎出身の、某男性有名芸能人の実家を経由・・・

えー、ミュージシャンとしてもヒット曲がたくさんありますし、俳優としても活躍されております。背も高くて、非常に、カッコいいお方であります。

カメラも趣味にしているようで、オリンピックなどの際は、カメラを片手にレポーターなどもしてましたね・・・

FMのDJをしている時などは、非常に、下ネタ満載の、彼であります・・・

タクシーの運転手よると、多くのファンが、押し寄せたりするらしく、実家のご両親は、最初、不愉快に思っていたらしいのですが、彼が有名になるにつれて、しょうがないなって、そう思うようになったとか・・・

パッと見、普通の民家なのですが(青い壁のおしゃれな感じではありましたが)、そういう不特定多数のよくわからない観光客の訪問に備えてか、ちゃーんと「セコム」してありましたね・・・

200709182211000 午後10時過ぎ、タクシーで、思案橋に到着。ここは、長崎市内で、一番の繁華街です。

(「ちゃんぽん」や「皿うどん」で有名な店は、基本的に、午後8時には、閉店するそうでして、遅い時間帯は、こういった、繁華街に食べに来るしかないのだそうです・・・)

タクシーの運転手さんから聞いたお店に直行したのですが、残念ながら、その日は、閉まっておりました。

しょうがないので、とりあえず、ブラブラとその界隈を歩いてみることに・・・

200709182218000 ブラブラと散策中、偶然、「見返り柳」を発見。

詳しい内容は、リンクしときますが、そもそも「思案橋」ってのも「見返り柳」ってのも、かつて長崎にあった「遊郭」との関係から、ついた名前なのだとか・・・

あてもなく、ブラブラと歩いていく中、もー、めんどくさくなってきて、かなり庶民的な店構えの「中華満福」って、お店に、入ってみることに決定。

店内にはテレビが流れ、入り口付近には、マンガのコミックが無造作に積まれていてって感じの、ホントに、庶民的な雰囲気の店・・・

ただ「ちゃんぽん」を食べただけで、店を出ましたが、後からホテルに帰って、自分が持ってる旅行ガイドをながめてたら、その中でちゃんと紹介されてました。

それだけで、何か、うれしくなるもんです。

なるほど、単なる、庶民派の店じゃー、なかったんだねーってね。

ホテルに11時半ごろ帰って、シャワーを浴びたら、もう、脚が棒のよう・・・

眠い・・・

俺、ホントに眠いのに、ツインの部屋の相方は、まだ、眠くはならない模様・・・

「もう、俺、寝るから」って言ったら、向こうは、ベットに腹ばいになって、雑誌の「クロスワードパズル」を始めたよ。タフな奴だ・・・

でも、俺、新しい環境だと寝つきが悪い、ちょっとデリケートな性格なものでして・・・

寝付くタイミングを逃してしまったら・・・

相方が、電気をつけっぱなしで、ベットに腹ばいのまま、雑誌に顔をうずめて、寝始めてしまったではないか・・・

その「いびき」のうるせーこと、うるせーこと・・・

もう、こうなると、俺、寝られない・・・

俺も「いびき」はかくんだけど、こういうツインの状態って、とにかく先に寝たもん勝ちなわけね。

あー、体が疲れたよー
でも、寝付けねーよーって、モンモンとしながら、長崎の夜は、更けていくのでありました・・・

長崎原爆資料館にて

200709181730000 9月18日(火)、長崎原爆資料館に行ってみた。

北国の人間からすると、9月といえども、ジリジリとした強い日差しが照りつける、そんな日だった。

何年前になるのかわからないけど、かつて、長崎を訪れたことがある旅行の同行者である先輩から聞くと
以前は、もっと、生々しい写真がたくさんあって、すごくショッキングな場所であったとのことではあるが・・・

初めて訪れた俺からすると、十分、心に響くというか、心に刻まれる場所であった。

数枚の、もやは人の形を残した「炭」となってしまった遺体の写真・・・

そして、原爆の爆心地に近い、『浦上天主堂』という神に祈りをささげる聖なる施設が、その後、どのような姿となってしまったか・・・

見学順路の最初の方にあった、この2つを対比したとき・・・

体の芯から痺れていくような、そんな感覚をもった。

職場の旅行という、観光をメインとした旅行の中の旅程の中の一つではあるが、言葉を失い、じっと、一つ一つの展示を凝視することとなった。

北朝鮮の脅威、アメリカ軍との関係、その他、われわれの想像以上に複雑かつ、危険度を増している世界情勢の中で

非武装を貫き、核を持たないとすることを国是としていくことが、いかに難しいことか、そして、現実の世界の中で、どうにも整合性がつかなくなってきていることぐらい、承知している。

しかし・・・

核を持つことで、核で武装していることをアピールすることで、この世界情勢のパワーバランスを保とうとする考え方には、人としての純粋な「感情」として、どうしても、納得しかねるものがある。

テレビの討論番組などでみると、平和主義を強く唱える論者は、「現実を直視できていない理想主義者」などのようなイメージを与えられ、声高に、世界情勢を具体的に分析して主張する「現実主義的」な論者に対して、客観的な討論として、分の悪さ感じる面がある。

特別、多くの知識を持ってるわけでも、強い主張や信念を持っているわけでもない俺だけど、

理想を掲げるだけでは、この世の中、簡単に解決していかないこと・・・

それぐらいは、十分わかってる。

それでも、なお、やっぱり思うのだ。

自分の愛する大切な人が、このような姿になってしまったら、ということを想像しても、何も感じないのかい?

自分が主張し、賛成したことにより、どこかの誰かを、このような姿にしてしまうかもしれないってこと、それを想像しても、何も感じないのかい?

『理想と現実』ってのは、あちらこちらの討論のキーにはなることだけど、でも、その中に、人としての普通の感覚や感情をなくしてしまったら、やっぱりダメなんだろうって思う。

何度も言うけど、簡単には解決できないことぐらい、ちゃんとわかってる。

でも、俺は、人としての当たり前の感覚、それを踏まえてから、主張するべきなんだろうって、そう思ったりもするのだ。

定番すぎるけど、やっぱり、ジョン・レノンって、偉大だよなって、思う。

政治も、世界情勢の分析も、何もかにも素人の俺だけど、素人だからこそ、やっぱり『Imagine』って大切なことじゃないかなって、感じるからだ・・・

200709181743000 原爆資料館のある丘を降りると、そこには、『原子爆弾落下中心地』ということで、いくつかの碑が立っていた。

その周囲は、建物やビルが立ち並び、それなりのにぎわいを見せていたけど、1945年8月9日の一瞬の出来事を「想像」すると、やっぱり、俺は、言葉を失ってしまった。

間違いなく、その瞬間、この場所は、亡くなった多くの方々の「死」の中心地点だったわけだ。

タクシーの運転手から聞いた話だと、原爆は、この場所を狙って落としたものではなく、長崎でも三菱の造船所を狙ってパラシュートをつけて投下したものが、風に流されて、この浦上地区の上空500mで、炸裂したとのことだ。

500mというと、それほどの高度でもないから、降下中の原爆を目にした人も、離れた地区の人の中には、実際にいるという話・・・

人の生死なんて、そんな偶然というか、アクシデントで、違ってしまうこともあるのだ・・・

俺には、霊能力に類似するような、特別な能力なんて何もないけど、もし、俺に、そのような能力があったとしたならば、間違いなく、数多くの方々の、無念の思いを全身で受け取ることになるだろう・・・

そんなことも「想像」した。

200709181754001 平和公園にいくと、どこかの小学生が修学旅行に来ていた。原爆資料館でも、見学に来ていた小学生のグループの姿を見ることができた。

現実の中で、すれてしまった大人より、子供のほうが、きっと「想像力」って、優れているはずだろうって、そう思う。

理屈や状況分析が、大人にはかなわない分、純粋な人としての感覚って、きっと大人にはないものを持ってるって思う。

いっぱい「想像」して、今、見えるもの以外のもの、たくさんキャッチしてほしいなって、そんなことを最後に思った・・・

2007年9月23日 (日)

どーでもいーでしょーけど、長崎に行きました(博多から長崎までの話)

休憩から戻ってきて、長崎まで旅行した話を再開することにする。

今回は、長崎まで絶対に話を進めるように、タイトルに「博多から長崎まで」って、追加することにした。

強い決意のあらわれだ!

しかし、アクセスカウンターを見る限りでは、俺の休憩時間の間、その後、誰も、このブログを訪れた人はいないようだ。

まー、このブログへの世間の関心度なんて、そんなもんだ。しゃーない。

なーんて、また、延々と、前置きをしてしまった。

そんなことをしてるから、話が進まないのだ。

じゃー、さっそく、話を進めますけどね・・・

わたくしごとですが

どーでもいいでしょーけど、わたくし、9月18日(火)19日(水)と長崎に行きました。

福岡空港に到着、その後、地下鉄で博多駅まで移動して、長崎までの特急「かもめ」が出発するまでの2時間弱の間に、まー、ラーメンでも皆で食べようってことになって

キャナルシティ博多の中の、ラーメンスタジアムまで移動したわけですが・・・

あちらこちらにある、「ラーメン国技館」とか「ラーメン博物館」とか、そんな類の場所ですから、その中には、何件ものラーメン店があるわけですけど

どこにしよっかなーって、考えたんだけど、まー、当然、博多ラーメンの店を選びますわなー  せっかく、福岡まで来てんだから。

200709181243001 2軒ほどあったんですが、特に根拠はないんですが、ひらめき&フィーリングで、『初代だるまに入ってみることにしたわけです。

まー、さらに当然、とんこつラーメンを頼むことになるんだけど、ちょっとカルチャーショック!

「極細めん」ってのは、品書きにあったのでわかってたんだけど、その麺ってのが、うーん、何に例えたらいいかなー、そうそう、「そうめん」みたいな感じっていったらいいかなー

ほっそーーーい、ストレート麺なわけです。

それから、スープが、コクがあるんだけど、ギトギト感がまるでなくて、最後までスーって飲めちゃう感じ。

福岡から遠く離れた俺の住む北国の県でも、とんこつラーメンを食べれるラーメン屋はちゃーんとあるわけで、インスタントラーメンでも「とんこつ味」ってのがあるから、「こんなもんでしょー」って、イメージはあったわけですが、全然、違うんだよねー

うーん、なるほどーって、カルチャーショックを受けましたねー

【おまけ】

店内に、「今日の厨房の責任者は私です」ってみたいな感じで、えー、正確な文章は忘れたけど、「今日、麺を茹でてるのは○○○です。」といったような内容だったと思うんだけど、お店の人の名前が書いてある紙が貼ってありまして、しかも、厨房がすぐに覗けるようになっていたんだけど

ラーメンを食べ終わった後、旅行に同行した、おしゃべりネーサンと、「○○○さんは、誰だ」大会で、ひとしきり盛り上がったのであった。

「結局、責任者ってことだろうから、厨房の中で、一番貫禄がある人物に違いない!」

「しかも、せかせか動かないで、どっしりと構えている人物であろう・・・」

「きっと、この厨房の中で、一番のオーラを発している人物を見極めればいいのだ!!」

ってなことを、相手の人物像を想像しながら勝手に盛り上がりまくりまして

「あの、金のネックレスをしている人物が、○○○さんだろう」ってことで、プロファイリングを終了したんですけど

じゃー、正解かどうか確かめるために、誰か、「○○○さーん」って、厨房に向かって名前を呼べ

ってなことになったのですが、「仕事中に邪魔しちゃ、そりゃーわるいだろうー」って、年長者のネーサンにたしなめられまして、結局、正解かどうか、わかんなかったけどね。

想像というか、妄想ってのは、一人より、皆でワイワイやると非常に楽しいものなのだ・・・

昼食を終え、タクシーで博多駅に戻って、特急「かもめ」に乗車完了。

佐賀県を突っ切って、そのまま、長崎県へ向かうんだけど・・・

途中に、サガン鳥栖のホームスタジアムである、「鳥栖スタジアム」が見えたりする。

佐賀県だってのは、知ってたけど、こんなに福岡と隣接してるってのは、俺、知らなかったなー

博多駅を出発して、そんなに時間経ってないもん。

世の中、知らないことが多いのだ。

それから、ホントに「ヘー」って思ったのが、福岡から佐賀ってあたりの民家って、「瓦屋根」の家がスゲー多いんだよね・・・

それも、純和風建築の家ばかりじゃなくて、「○○ハウス」とか「○○ホーム」っていった類の住宅メーカーが建てたであろうって感じの民家も、車窓から見える範囲は、みーんな「瓦屋根」なのでした。

なんでなんだろーなー 

トタン屋根じゃ、ダメな理由でもあるのだろうか・・・

俺には、九州出身の知り合いは一人もいないのだけれど、誰かに聞いてみるなり、どうにかして調べてみたいものだなって思ったね。

世の中には、ホントに知らないことが多いのだ。

有明海、諫早湾を左手の車窓に眺めながら、午後4時少し前に、長崎駅へと到着。

福岡でも感じたんだけど、また、一段と長崎の日差しは、凶暴さを増している。

弱肉強食のバイオレンスな世界である。気温19度の北国からやってきた人間からすると、もう「北斗の拳の世界」なみの危険度である。

(ちなみに、俺は、この2日間、ずっとキャップをかぶり続けた。HGな人間には、強い日差しというのは、ホントに危険なのだ)

(HGとは、ハードゲイの略ではなくて、H○G○なオッサンってことである)

路面電車に乗って、浦上地区に移動してみる。

函館でも乗ったし、「江ノ電」にも乗ってみたけど、路面電車ってのは、ちょっと不思議な電車だね。線路は走ってはいるけど、結局は、道路を走っているわけだし、信号で止まっちゃったりするわけだから、感覚的にはバスだもんなー

いろんなタイプの車両があって、レトロって感じの、いかにも「路面電車」ってタイプの車両や、ちょっと近代200709181602000的なデザインの車両も走ってたりしてましたけど、いずれにしても、ワンマンバスのように、「降ります」ブザーがついてたり、車内の座席・吊革の感じが、もうまったくバスと一緒だもん。

(気の向くままに、パチリパチリ・・・)

他の街の料金は、よく知らないけど、長崎の路面電車は、どこまで乗っても100円っていうシステム。

200709190931000 長崎市内を複数の路線が走っていたりするんだけど、じゃー、乗り継ぎをする場合はどうするかっていうと・・・

電車を降りる前に、「乗り継ぎをします」って言うと、こんなのをくれます。これをもってると、路線を乗り換えても、結局は、100円で、どこまでも行けちゃうわけなのです・・・

(ちなみに、これは、次の日19日の移動の時の「電車のりつぎ券」)

200709190936000 ただし、その日だけだし、電車の乗り場を離れて、どっか別なところで用足しなんかしちゃうと、無効になっちゃうんだって。

浦上地区の目的は、長崎原爆資料館や平和公園に行ってみるってこと・・・

長崎って、いろんな顔を持った観光地だけど、やっぱりここははずせないかなーって、そう思ったんです。

なんか、いろんなことを感じたんだけど、ここは特別な場所だから、後で、まとめることにしようって思います。

なんだか、眠くなってきたぞ・・・

長崎に到着するまでの内容を書くぞっていう、当初の目的は、ちゃーんと達成したので、今夜は、これで完全に終了して、もう、寝ちゃうことにします・・・

この続きは、さらに後ほど・・・

2007年9月19日 (水)

どーでもいいでしょーけど、長崎に行きました

(一年ぶりに、自分のブログの書き出し部分を思い出しながら、書いてみちゃおう・・)

わたくしごとですが

どーでもいいでしょーけど、わたくし、9月18日(火)19日(水)と長崎に行きました。

俺、九州に上陸するのは、生まれて初めてな話でして、実は、この数年間、自分が到達した最西端の地域が、この時期の職場の旅行で、毎年更新されております。

一昨年度は、名古屋で数年ぶりに記録更新(『愛・地球博』の年だったからね・・・)
昨年度は、ブログにUPしたように、大阪で、一年で記録更新

そして、中国・四国地方をすっ飛ばし、ついに九州に上陸し、一気に長崎に到達いたしました。

いや、それにしても、俺が住んでいる北国の県から、九州で、さらに長崎ってねー
しかも、1泊2日でしょ
個人的な旅行であったら、普通は、考えないもんなー
えれー、遠いもん・・・ ホント・・・

なぜ長崎かっていうと、単に「幹事がそれを企画したから・・・」って、ただそれだけなんだけど、強制的に(?)、そういう強行ツアーでも組まれなければ、行くことのない場所だから、こうやって振り返ってみると、感謝というか、ありがたかったかなって、そんな感じもしてくるもんです。

こういう機会でもなかったら、一生、行かないでしまう場所かもしれないもんね。

えー、今回の旅行費用なんですが

往復航空チケット代、博多~長崎間の往復特急代、それから朝食付のツインの部屋の宿泊代で、しめて、38000円なりー、でございます。

(えっと、昨年は、どんなもんだったかなーって自分が一年前に書いた記事を眺めてます。特別、記録を残すために書いたわけじゃーないんだけど、こういう時に、ブログを書いとくってのは、便利だねー)

昨年同様、毎月、5000円が、この旅行のために給料天引きで積み立てられていたから、旅費としては、持ち出しは、まずなしです。

それから、これは職場の親睦会の旅行なんですが、50人弱のスタッフがいるうち、参加者が10人という、昨年に輪をかけての極少数の参加人数なんですよね。

ここ何年か、ずっと参加者は減り続けているだけど、年度始めに提案された親睦会の予算項目に、「この旅行のために10万円」ってのが、個人の旅行積み立てとはまったく別に、毎年ありまして・・・

参加者が多ければ、頭割りすれば、さほど一人分として還元される金額は多くはないんだろうけど、
なにせねー、参加者が、とにかく少ないわけだから・・・
旅行に行かない人の払ったお金で、かなり楽しませてもらっちゃってます。

それから、今回は、職場のお偉いさん、忙しかったみたいで、誰も参加しなかったので、お餞別を結構いただいておりまして、

当然、お土産は買って帰ることにはなるんですが、それなりの金額であったもようです。

そんなこんなの、もろもろを旅行団全員の収入ってことで頭割りいたしまして・・・

最終的には、今回の旅行費用は、35000円でOKってことになりました。

それなりの出費といえば、そうなんだけど、俺の住んでいる県からの距離と移動の交通手段を考えれば、まー、かなりのお徳ではありますねー

個人でチケットを取ったりするのであれば、この金額では、絶対にいけないもん。

(ところで、旅行会社を通せば、結果として、安くなるってのは、一体全体、どういうカラクリなんだろうねー。旅行会社の取り分というか、儲け分ってのは、いったどれくらいのもんなのか・・・  この金額で儲けるというより、乗客や宿泊客を斡旋する形となるので、航空会社や鉄道会社、ホテルから、バックしてくるお金があるからなのかなー)

それにしても、せっかく親睦を深めるための職場の旅行なのに、参加者が少ないってのは、どーいったもんなんだろうなー

そのために、毎月、金を積み立てしてんのにね・・・

うちの職場の場合は、「会社からお金を出してもらって」とか、「社長のポケットマネーで」っていう類の旅行じゃないから、参加しない人には、その積み立て分が戻ってくるわけでして、それを臨時収入として、毎年あてにしてる人も中にはいるんだけどね。

俺に言わせりゃ、じゃー、何のために、積み立てしてるのっていう話です。
(自分の金にかわりはないけどサ。そんなの手間がかかって、面倒くさいだけじゃんねー)

特に、若い年代層は、まったく参加しないんだよね・・・

金使って、旅行してまで、職場の人間と付き合いたくなって、そういう感覚なのかもしれないけどね、個人主義というか、プライベートはプライベートでしょっていうか・・・

でもなー
一年に一回なんだから、そういう付き合いも大事なんじゃないのかなーって
最近の若者に嘆くようになるあたり、かなりオッサン化している、わたくしめであります・・・

ということで、職場のオバチャマ方と、乗り合わせの車の中、ペチャクチャとたくさんおしゃべりをしながら、約2時間の道のりで、仙台空港に到着です。

(いや、ネーサン方と言わないと、ヤバイかも。でも、独身女性は一人もおらんのだ)

(あっ、忘れてた。一人いたぞ。でも、その方、40過ぎの、非常に恰幅のよいご婦人であります・・・)

ちょうど、長雨・大雨の始まっていたあたりの話です。(出発時は、気温約19度)

その時は、さほど、ひどい天気ではなく、小雨の曇り空だったけど、長崎に行っていたあたりは、かなりの被害があったらしい・・・

9時35分に予定通りに、飛行機は飛び立って、約2時間で福岡空港に到着でございます。

それなりの時間だっていえば、その通りなんだけど、でも、到着してしまってから考えると、九州まで行くっていうのも、ホントあっという間だねー

福岡空港から、地下鉄で博多駅まで移動
(250円也。2駅しかないのに、これはちと高いのではないかと・・・)

でもさ・・・
空調が効いているところから、ちょっと外にでると、そりゃーもう、スゲー暑いわけよね・・・

快晴の、えれー、いい天気で、なにしろ気温19度の県から出発しているわけでして、これは非常に攻撃的で凶暴な暑さであります。(午後3時で、33.8度だったらしい)

2時発の特急「かもめ」まで、2時間弱あるから、ここで、ちらっと自由行動だったんですが・・・

今回は(今回もか・・・)、俺、なーんも計画を立てなくてですね。

とりあえず、昼飯は食っとかなきゃないわけなんだけど、なーんも考えなし。

2時間もないんじゃ、「たまには風小僧」もできんしねー

ということで
昨年同様、ネーサン方にくっついて行動することに、あいなりました。

しっかし、見事に、一年経っても、進歩がねーなー、俺・・・

(実は、今回は、旅行会社からもらった旅程表も、職場に忘れてきてしまって、はぐれてしまうと、まったくもって、どーにもならない、困ったチャンなのだ)

でも、他の方々も、自分自身のアイディアがまったくないって感じで、似たりよったりなもんでしてねー

うちの職場には、こういう時に、非常に頼りになる、「歩くるるぶ」というか、ツアーコンダクターアマ一級みたいな、そんなネーサンがおりますので、10人みんな、ゾロゾロと、そのネーサンの言うがままに、行動することになったので、ありました。

あー、暑い・・・
ホントに、攻撃的な日差しだ・・・
凶暴で、乱暴で、バイオレンスな、照り付け方であります。
肌が、ビリビリと、攻撃されていることがわかっちゃうもんね・・・
痛いもの、マジで・・・

えー、20分から30分ぐらい、そんな日差しの中を歩いたでしょうか。

キャナルシティ博多の中の、ラーメンスタジアムに到着です。

200709181242000 実は、ネーサンは、個人で経営しているラーメン屋をいくつかチェックしていて、数人とそこに行こうとしていたらしいんだけど、何しろ、10人で、ゾロゾロと歩くことになったもんだから、「10人が一気にラーメンを食べれる場所は・・・」 って考えて、ラーメンスタジアムに行くことにしたようです。

申し訳ないって、ほんのちょっぴり思いながらも、あー、食いっぱぐれなくて、よかったーって思ったね。

ホラ、俺、今回は旅程表も持っていない、他人任せの、完全な困ったサンだから・・・

って、ところまで、書いたところで、ちょっと休憩・・・

目が疲れたもん・・・

アハハ、こりゃー、なんだか、去年を同じ展開だな・・・

前置きが長くて、実際の旅行の話にならねーってのは、ホント、去年と同じ。

というより、「長崎に行った話」としてるけど、まだ、全然、長崎に到着しておらんぞー!

そんでも、去年は、ちゃーんと、第一回のうちに、「大阪に着いた」ところまで書いたのにねー

アハハハ・・・

えー、すぐになるか、明日になるか、そのままお蔵入りになるか、そりゃー、わからんのですが、一旦ここで、区切りにしますけど、
「続きは書こう」と、決意だけはしてますので、ここまで読んでくれた奇特なお方がありましたならば、しばし、この続き、お待ちくださいマセ・・・

2007年9月17日 (月)

秋の入り口(雑感)

こちらでは、明け方から、ずっとしとしと雨が降り続いています。

今年の夏は、残暑が厳しいらしく、「秋らしい天気の日は少ない」って、長期の天気予報では、そうなっていましたが、
それでも、北国に位置するこちらのほうでは、こんなグズついた天気が続くようになると、朝晩は、それなりに肌寒くなり、夏の終わりと、秋の始まりを感じるようになるものです。

気がつけば、もう、9月の半ばを過ぎ、後半になろうとしている時期なんだから、当然といえば、当然ではありますね・・・

俺が暮らす県では、FM放送の開始が遅く、中3の1985年10月1日の開局でした。

(それまでは、お隣さんの県の100万都市から放送される、それなりのノイズの「FM○○」を、聴いてましたけどね。)

10月1日から開局ではあったのですが、9月からは試験放送が始まり、さすがに隣の県のFM放送よりは、クリアな状態でしたから、試験放送とはいえ、面白がって、チューニングをあわせてみたりもしてました。

その時の番組の中で、あるリスナーから寄せられた

「私は、9月が大好きなんです。9月から12月までは、英語で、September・October・November・Decemberと、○○berって、なるけれど、一番、Septemberという響きが、いいと思うんですよね」っていうハガキが読まれまして、

リクエストとして、Earth, Wind & Fireの"September"が流されました。
(別館の方に、リンクしておきます)

何のことはない、たまたま試験放送にチューニングをあわせただけの、女性のDJとしか覚えていない、番組名も、まったく記憶にない放送の中の一枚のリクエストハガキなのですが、こうして20年以上たった今も、不思議と、その時の様子がはっきりと思い出されるというのは、中3という多感な時期に(自分でいうかい!)、間もなく、自分の県でもFMの本放送が始まるという、ワクワク感というかドキドキ感というかの、なせるわざなのかもしれませんね・・・

「9月」になると、「September」になると、間違いなく、毎年、思い出される記憶の一つです。

この週末、俺が、ここ数年間、お世話係というかマネージャーをしている、少年野球のチームの地区大会がありました。

(まったくの素人ですから、監督でもコーチでもなんでもないんですけどね・・・)

残念ながら、2回戦で敗退することになってしまい、県大会へは出場することができず、思ったとおりの結果にはなりませんでしたが、とりあえず今シーズンの大きな大会は、これで終了となりました。

教えるとか、指導するとか、そういうことは、まったくないんですが(だって、できないんだもん)、とにかく、週末は、休日返上で、3月末から、ずっと練習に付き合うようにはしていましたから、なんか、「今シーズンも終了したなー」、「今年の夏も、これで終わったなー」っていう、
ちょっとしみじみとした、そんな思いもしてきます。

だいたい11月の半ばぐらいまで、グランドが使えるうちは、練習ないしは練習試合が続いていくことにはなるのですが、今シーズンの目標とすべき大会の日程が終了してしまった以上、少し、ペースダウンをしていくことにはなりそうです。

少なくても自分がチームに関わるようになってからは、地区を勝ち上がって、県大会へ出場したことはないんですが、9月のこの大会が終わると、気分的に体力的に、少しホッとするのと同時に、「夏の終わり」というのものを毎年意識するようにはなっていますね・・・

ところで、明日から一泊二日で、職場の旅行に出発します。

昨年は、大阪に旅行して、けっこうブログのネタにはしましたが・・・

今年は、帰ってきてから、ブログの記事にする時間はあるかなー

今年は、九州の「ある都市」が、目的地になっていて、北国のこちらからすれば、えれー遠い場所ではありまして、たった一泊二日では、十分な観光を楽しむ時間もないわけなんですが、それでも、知らない街へ出かけるというのは、楽しみな思いもしてきます。

それでも・・・

「ああ、昨年、大阪に旅行に行ってから、もう一年も経つのかなー」って、そう考えれば、やはり、どっかしみじみとした気分もしてくるものです。

普段は、ほとんど携帯でメールのやり取りをすることもない俺だけど、あの時は、ちょっと興奮気味で、大阪から、たくさんメールを送信したっけな・・・

ほんと、一年経つのは、早いな・・・

きっと、こんな感じで、あっという間に、2007年も終了していくんでしょうね・・・

そんなこんなが、秋の入り口にあたっての9月半ば過ぎの雑感であります。


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